春の花が咲くと、人はまず色を見る。桃色、白、淡い黄色、若緑の花びらを見ながら、季節が来たと言う。しかし花の近くで最初に働いている存在は、人間ではない。小さな蜂、蝶、ハナアブ、甲虫のような昆虫たちが花と花のあいだを行き来しながら、目に見えない道を作っている。その道の上で花粉が運ばれ、実りの時間が静かに始まる。
私たちはふつう、実を見るとき、木の働きを思い浮かべる。根、幹、葉、日差し、雨、土を考える。しかしそのあいだに小さな羽ばたきがあったという事実は、しばしば忘れてしまう。一匹の蜂が花の中に入り、全身に花粉をつけ、また別の花へ飛んでいくあいだに、リンゴの木、スモモの木、カボチャの花は次の生命への扉を開く。FAOは、蜂や蝶、鳥、コウモリなどの送粉者が花粉を運ぶことによって、食料生産、栄養、生物多様性に重要な役割を果たしていると説明している。
考えてみれば、実は木だけで結ぶものではない。花は咲いても、訪れるものがなければ、実りへの道は途切れてしまう。小さな昆虫たちは花に近づき、花は蜜と香りで彼らを迎える。この短い出会いが種を作り、種はまた季節をつないでいく。アメリカ農務省は、世界の顕花植物のおよそ四分の三、そして世界の食用作物のおよそ三十五パーセントが、動物による送粉者に依存していると説明している。私たちが食べるもののかなりの部分が、この小さく勤勉な生命たちの助けと結びついているということである。
だから蜂を見つめる心には、恐れよりも先に感謝がなければならない。蜂は花畑の働き手であると同時に、季節の運び手である。小さな脚についた花粉はほこりのように見えるが、それは次の実りの約束である。ぶんぶんという音は騒音ではなく、働く音である。私たちが食べるリンゴ、スモモ、カボチャ、マクワウリ、キュウリ、そして野の花の後ろに残る種にいたるまで、その背後には、目立つことの少ない昆虫たちの一日が置かれている。
もちろん、蜂だけがすべてではない。ハナアブ、蝶、蛾、甲虫、ハエの仲間など、さまざまな昆虫も花粉を運ぶ。アメリカ森林局も、蜂だけではなく、蟻、コウモリ、鳥、蝶、蛾、ハエ、甲虫、スズメバチなど、多様な生き物が送粉者として働いていると説明している。自然は一つの種による独奏ではなく、数多くの小さな存在たちが分かち合って歌う合唱に近い。
「蜂たちよ、愛している」という言葉は、ただかわいらしい表現ではない。それは人間が自然の前で学ぶべき礼儀である。花を咲かせた木にだけ感謝するのではなく、花と花のあいだをつなぐ小さな羽にも感謝しなければならない。私たちが実をひと口かじるとき、その甘さの中には日差しと雨だけではなく、花の中を動き回った昆虫たちの身ぶりも含まれている。
ハイクは、大きな説明よりも小さな場面をひとつ、長く見つめる文学である。蜂を詠むときにも、大げさな生態論より、一輪の花にとまった蜂の脚、花粉のついた腹、ほんの一瞬揺れる花茎を見つめれば十分である。その瞬間、私たちは知ることになる。生命は大きく華やかなものだけでつながっているのではなく、ごく小さく誠実な動きによってもつながっているのだということを。
これから花畑で蜂に出会ったら、少し違う目で見つめたい。何気なく手で払うのではなく、一歩下がって、その働きを見守りたい。あの小さな羽ばたきが通り過ぎた場所ごとに、花は実を夢見、木は種を準備し、夏はゆっくりと熟していく。
벌들아, 고마워.
너희가 지나간 뒤에
세상은 조금 더 달콤해진다.
Dear bees, thank you.
After you pass by,
the world becomes a little sweeter.
ありがたき
花粉を運ぶ
実りかな
花粉を運ぶ
実りかな
고마운 벌들
꽃가루 묻은 발 끝
열매의 시간
Grateful bees
Pollen on the tips of your feet
The time of fruit
蜂たちよ
花粉の足に
実る夏
花粉の足に
実る夏