水の中はどんな姿だろう
夏の小川でカワニナを採った。
足首を包む水の気配はひんやりとしていた。
なめらかな石のあいだに小さなものたちが隠れ、
指先に触れる感触が陽ざしのように広がった。
久しぶりに故郷の友人たちと笑い合い、
水に足を浸すと、
忘れていた川の息づかいが戻ってきた。
幼いころ、私はよく水の中をのぞき込んでいた。
「水の中はどんな姿だろう。」
金魚鉢を抱えて尋ねていた少女、
まくり上げたズボンの裾のあいだに広がる空の色、
水面を流れていく雲。
葦とトンボの風景が
今も目に鮮やかに残っている。
けれど、水の流れより先に
別れが流れていった。
少年と少女は水辺を離れ、
工場へと散っていった。
螺鈿工場、自動車整備工場、
ミシンとカツラの工場。
一日の終わり、
手のひらに残ったものは
水の流れではなく、
油と埃だった。
歳月は石のように積もった。
しわの刻まれた手をふたたび川の水に浸すと、
水の流れがかすめながら問いかけるようだった。
「水の中は……どんな姿だろう。」
カワニナは今も石のあいだに隠れ、
川は何事もなかったかのように流れている。
ひまわりは咲き、
ニラ畑は続き、
サツマイモの茎を整えていた手は
しわをたたえたまま残っている。
白黒写真の中の
坊主頭の少年とおかっぱ頭の少女は
今もまぶしい。
川は今日も流れている。
すべてを抱いたまま、
夏が息をしている。
私はもう一度、手を浸す。
水の中は……どんな姿だろう。
石間より(い・し・ま・よ・り)
ぬめる川蜷(ぬ・め・る・か・わ・に・な)
夏の息(な・つ・の・い・き)